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薔薇の素顔 (2)

対談は、和やかに始まっていた。

--貴島さんと敦賀さんはタイプがだいぶ違うように思えますけど、仲はよさそうですよね?
「なんだかんだで共演の機会も結構あるしね」
「連ドラなんかだと、いやでも毎日のように顔を合わせますし」
「敦賀君、それ俺と顔合わせるのいやって言ってる?」
「そう聞こえた?いやいや、冗談だって」

対談の収録を続ける三人の元へ、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
キョーコは会話の邪魔にならないよう、さりげなくコーヒーカップをそれぞれの元へ置き、無言で軽く会釈をするとまた戻っていった。蓮が目の端で見ていると、社や貴島のマネージャー、他のカメラスタッフへもコーヒーを配っているようだ。

「うん、やっぱりマスターのコーヒーはうまいな」
貴島がうなずきながら言った。
口をつけてみて、蓮もかなり驚いた。深煎りのコーヒーは雑味がなく、香り高い。
普段はインスタントのコーヒーでも何も考えずに飲んでいたが、この味を知ってしまうと物足りなくなりそうだ。
「これにキョーコちゃんのケーキが合うんだよな」
「彼女、この店のケーキ作ってるんですか?」
福田が驚いて思わず貴島に問いかける。
「ああ、普段出してるケーキはマスターが仕入れてるんだけど、キョーコちゃんが作れる時だけ、キョーコスペシャルがメニューに載るってことらしいですよ。ねえ、キョーコスペシャルケーキ、あるの??」
後半は大きな声でカウンターに向かって呼びかけた。
「変な名前つけないでくださいよ。リクエストいただいた通り準備してありますので、あとでお出ししますね」
困った顔で笑いながら、キョーコが答える。

ひと段落ついた頃、メニューに載せてもらうのもおこがましいのですが、という断り付きで出てきたシフォンケーキは、相当の出来栄えだった。添えられた生クリームも甘さ控えめで、コーヒーとの相性もいい。
「なー、意外だろ?あのなりで、これだよ」
まるで自分のことを自慢するような貴島の言葉。すっかりこのカフェの広告塔になっているようだ。
蓮は自分があっさりケーキ一皿を食べきったことに驚きつつ、キョーコの給仕の所作の美しさにも感心していた。カメラマンには合間に口に入れられるよう、一口大に切ったケーキに小さいスティックを刺したものを用意するなど、スタッフに対する気遣いもきめ細かいようだ。
(これは、貴島君でなくともファンはつきそうだな…)
蓮はこの時、キョーコの動きをずっと視界に入れていることに自分では気が付いていなかった。

対談と写真の撮影も予定時間内に終了し、蓮と社は次の仕事に向かった。
車中で社がおもむろに口を開く。
「蓮さぁ、さっきのお店のキョーコちゃんって子に、なんかちょっと興味持ってた?」
「えっ?」
蓮は意外なことを言われて、本気で驚いていた。そんな意識は全くなかったのだが。
「いや、俺の気のせいなら別にそれでいいんだけど。なんとなくそんな気がしたんだよね」
「…貴島君のお気に入り、ということで見ていた気はしますが」
「俺も、どんなんだろうと思ってたけど、本当に美人が出てきてびっくりしたよ」
「貴島君の今までのタイプとは、ちょっと違う気もしますけどね」
「ああ、そうだな。もうちょっと分かりやすく派手なタイプが好きなのかと思ってた」
社が漏らした感想に、蓮も同感だった。
「あの意外性がいいんだろうな。ケーキ作りなんかしなさそうな顔して上手だったり」
「社さんもそうやって分析するあたり、興味持ってるんじゃないんですか」
「おれ『も』、てことはやっぱりお前?」
にまにまと笑いながら突っ込んでくる社に対し、違いますよ、貴島さんも社さんも、です、とばっさり否定した。
「でもお前、帰り際に店のカード持って帰ってたよな?」
さすが有能マネージャー、細かいところをよく見てるな、と蓮はうなった。
コーヒーの美味しさもあったし、あのカフェのことがなんとなく気になって、自宅に近いし、とレジカウンターに置かれていたショップカードを何気なくポケットに収めたのは事実だった。
「俺が興味を持ったのはお店であって彼女じゃありませんよ」
その時に答えた言葉はごくごく正直な気持ちだった。社は ちぇ、つまんないの、とぶちぶち文句を言っていたが。


貴島との対談から数日後、蓮は仕事を終えて愛車で帰宅の途に着いていた。社を送り届け、自宅マンションまで車ならばあともう少しの距離。
(今日はかなり順調だったな)
ふうっと息を吐いて、肩の力を抜く。時刻は22時をまわったあたり。日をまたぐ可能性もあっただけに、気分的にも余裕があった。
ふと道沿いのコンビニエンスストアのサインポールが目に入る。そういえば、水も切らしそうだったな、と思いハンドルを切った。これ以上自宅に寄ってしまうと、駐車場付きのコンビニは通り道にはなかったはずだ。車を停めると、夜だし人も少ないだろうから、と蓮は帽子を目深にかぶっただけでコンビニへと入って行った。
蓮の思ったとおり、コンビニには2人ほどしか客がいなかった。蓮はカゴにミネラルウォーターを数本放り込む。レジに歩きかけて、(たまには軽めにビールでも)と思いたって立ち止まり、振り返った。
すると、すぐ後ろに人がいたらしい。どん、と背中が何かにあたる感触があり、物の落ちる音がした。
「あっ。失礼!」
慌てて謝りながら振り返ると、ぶつかってしまったのは若い女性だった。
「い、いえ!こちらこそ、よそ見しててすみません!」
向こうも謝りながら落としたお茶のペットボトルを拾う。蓮もかがみこんでもう1本のペットボトルを拾って手渡した。
相手はえらく若い女性…いや少女?化粧っ気もなく、長袖Tシャツにジーンズと言うラフな格好だ。高校生くらいかな、こんな遅い時間に一人で、と思いながら念のため尋ねてみる。
「お怪我はないですか?」
「や!大丈夫です!軽くぶつかっただけですから!」
茶髪のその少女は 却ってすみません!と深く頭を下げた。頭を戻した少女の顔を見た瞬間、蓮は、そのお辞儀と瞳に既視感を覚えた。

…どこかで会ったことがあったっけ?

考えているうちに、では、ともう一度頭を下げて、少女は背中を向けレジに向かって歩きかける。
その真っ直ぐな姿勢を後ろから見て、思わず蓮は背中に向かって声をかけた。

「もしかして、キョーコちゃん?」

少女の背中がぴくり、と震えた。
少女は歩みを止め、錆びついたブリキのおもちゃのようにギギギ、と振り返る。その顔には、とまどいと疑問と若干の恐怖が混ざったような表情が浮かんでいた。

「ど、どこかでお会いしたことがありましたか…?」
いくらかの逡巡の後、少女が声を絞り出した。しゃがれたような、震えたような声だった。そこまでまずいことを言っただろうか?と思いながらも、人間違いでなくて良かった、とホッとしながら蓮は帽子のつばに指をかけ、目深にかぶっていた帽子を引き上げて少女に顔を見せた。

「先日は美味しいケーキをごちそうさま」

少女は目と口をぱっかりと開けて、蓮を指差して「ああああっ!つる‥」と大声を上げたので、蓮は慌てて自分の名前を叫ぼうとした少女の口をふさいで黙らせなければならなかった。

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