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社外恋愛 (15) ~衝撃~


こんばんは!
なんだか妙に更新が遅くなりましたが、なんとか載せられました~~

単行本、3月19日に出るんですね。まだ1ヶ月以上…
ひたすら待ちますーー。





キョーコはぼんやりと、ただぼんやりと足元のアスファルトを見ていた。
視線の先には行き交う人々の足が見えている。1人でまっすぐ歩いていく足。歩調を合わせて進んでいく恋人らしき足。グループで固まって弾むようにゆく足。
それらの足はそれぞれの目的に向かって歩いていて、キョーコの前を素通りしていく。


ほら…京子だって分かるとか分からないとか、それ以前に誰も私なんか気にしないって。
こんなつまらない、地味な、色気もない、女、なんて…


周りにたくさんの人がいるのに、キョーコは騒がしい世界にただ1人、隔離されているような感覚になっていた。体が冷えてきていたが、冷たい空気の中にいる方が酔いがさめる気がする。でもまだ頭はずきずきと痛むし、立ち上がったらめまいがしそうなくらいぐらぐらしている。


もうちょっとここにいて…頭痛が少し引いたら帰ろう。

そう思っていたら、唐突に近くで声がした。ぼうっとした頭でうつむいたまま少しだけ顔を傾けると、キョーコの方を向いて立っている靴のつま先が見える。なに?と思ってからようやく、先ほどの声は「最上さん?」と話しかける声だったのだと頭が理解した。
キョーコは痛む頭を持ち上げてみる。そこに見えたのは、心配そうに覗き込む蓮の顔だった。

「え…敦賀さん……なんで?」
返事をした訳ではなく、考えたことがそのまま口から出てきた。夢でも見ているのだろうか。眼に焼き付けようと飲み会の間ちらちらと見ていたから、ついに幻覚が見えてる?飲んだ酒のせい?

「大丈夫?立ったから酔いが回ったかな。気持ち悪いの?」
近づいてくる蓮の姿をしっかりと確認して、キョーコの頭は急速に現実へと戻ってきた。
「えっ!あ、いや、あの、なんでもありません!大丈夫です!!」
慌てて腰を上げようとするものの、足にうまく力が入らずもう一度座ってしまう。蓮はキョーコの腕に手を添えてその体を支えた。
「立たなくていい、そのままでいいから!吐きそう?」
「いやあの、違います、気持ち悪い訳じゃなくて…本当に大丈夫ですから」
「全然大丈夫そうには見えないけど……家まで送るよ。タクシー止めるから、ちょっと待ってて」
「うわそんな!で、で、でも、あの、タクシー乗ったら気持ち悪くなるかもしれませんから!!」

キョーコは懸命に断りの言葉を探した。
なぜ人が思い切ろうとしているのに、こんなところに本人が現れるのか。何がどうなったらこんなことになるのか。キョーコは動転しつつ泣きそうな気分になっていた。早く立ち去りたい。何事もなかったように別れたいのに体が言う事を聞かない。

「あ、車はまずいか…じゃあちょっと、休んでからにしよう。とにかく水分を取らないと」
蓮は移動できる場所を求めて辺りを見回した。キョーコは更に慌ててとにかく言葉を繰り出す。
「あの、あの、本当に放っておいてください!ちゃんと自分で帰れますから!!敦賀さん、二次会行ってください!」

「放っておけるわけがないだろう!」
蓮のいらだったような鋭い声に、キョーコの肩がびくりと震えた。しばしの沈黙の後、蓮は息を吐き出すと穏やかな声に戻って言葉を続ける。
「ごめん…でも、二次会なんてどうでもいいんだ。ここにいると体も冷えてしまうし、女の子が自分で歩けない状態で1人でいるのは危険だろう」
「危険なんてそんなのないですよ!今だって誰も私なんて…」
「たまたまそうだったかもしれないけど、これからの時間は酔っ払いだって多いんだ。それに君は、また写真を撮られてネットで騒がれたいの?」
え?とキョーコが顔を上げる。蓮はふっと微笑むと、念を押すように言った。
「しばらく休んで暖かくして水分取って、落ち着いて考えよう。行くよ」

蓮はキョーコの背中に手を当ててゆっくりと歩き、すぐそばのビルのカラオケボックスに入った。受付横の椅子にキョーコを座らせ、入店の手続きをすると待ち時間の間に素早くメールを1本送信する。キョーコはすっかり大人しく黙ってそんな蓮の様子をぼうっと眺めていた。

2人に割り振られた部屋は少人数用の小さな部屋で、L字型にソファが置かれていた。
「きつかったら横になっててもいいよ」
言いながら蓮は2人のコートをハンガーにかけ、入り口横のインターフォンでウーロン茶を注文する。キョーコは小さく縮こまってソファの端っこにちょこりと腰掛けていた。その顔面は血が引いてしまっているように見える。

「寒くない?顔が青くなってるよ」
「大丈夫です…」

蓮がキョーコに対して直角に置かれたソファに座ると、キョーコは体を蓮から遠ざける方向へ少しずらした。蓮は目ざとくそれに気がつくと、ため息とともにぼやく。
「そんなに警戒しなくても何もしないよ。カフェより横になりやすくて人にも見られにくくて密室じゃない場所、ここしか思いつかなかったんだ」
「すみません…別に警戒なんて……」
キョーコがぼそぼそと元気なく謝ったが、蓮はやはりキョーコに避けられているような気がしてならず、口をつぐんだ。

お互い黙りこくったまま数分が過ぎ、店員がウーロン茶を持ってやってきた。キョーコは蓮に促されてストローに口をつけ、それからぽつりと口を開いた。
「…ご迷惑かけて…申し訳ありませんでした」
「いや、気にしなくていいよ。忘れ物して戻ったんだけど、気がついてよかった」

またしばらく沈黙の時が過ぎた。部屋の隅のモニターから流れる宣伝がむなしく響く。
意を決してキョーコは顔を上げると蓮を見た。
「いつ…気がついたんですか?私が……」
「タレントの京子だって?」
蓮がキョーコの言葉を引き継いで続けた。キョーコはこくりと頷く。
「最初社さんが君を紹介したとき。まさかバイトで会社に来るはずがないから他人の空似だろうって思ったよ、その時は」
「そうだったんですか…」
「何回見ても本人としか思えなくて、でも、京子のフィギュアも平然と見ていたし、やっぱり違うかな、と思ったんだけど。日曜日に会社に出たとき、偶然撮影中の君を見つけた。会社のそばの路上で、着物着てお嬢様の役をやってたよね。あれを直接見て、確信したんだ」
キョーコは撮影中に見た、蓮と逸美の2人並んだ姿を思い出した。はあ、とため息をつく。

「もちろん、誰にもそんな話はしてないから安心して。今後も、誰にも言うつもりもないから」
「あ…りがとうございます…」
お礼を言われる事じゃないよね、と蓮は笑ったが、キョーコはじっと目の前のウーロン茶のグラスを見ている。

居心地の悪い空気の中、蓮は気づかれないようにさり気なくキョーコを観察した。先ほどからキョーコの目線はほぼ落とされたままで、ほとんど蓮の顔を見ようとしない。顔色が悪いのはアルコールのせいだろうが、表情も固く、何かを我慢しているように唇もきゅっと結ばれている。

何が癇に障ったのかな…

蓮は不思議に思ったが、キョーコが自分を拒否している以上、これ以上一緒にいない方がいいのかもしれないとも考えた。しかし、早く解放してあげたくても、あのふらつき加減では1人で帰るには少し時間がかかるだろう。居心地が悪いのは仕方がない、まずは体調が第一、と心を決める。
「まだ顔色が悪いけど、気持ち悪くはない?」
「頭は痛いですけど…だいぶ大丈夫です」
キョーコは相変わらずウーロン茶を見つめたまま返事をした。

蓮は少しキョーコが落ち着いた事にホッとしながらも、少し注意を促しておくべきだろうと考えた。
「20歳になったばかりであのワインの量は飲みすぎだろう」
「それほど飲んでません…」
「そう?少なくとも3杯は飲んでたと思うけど?」
「う……なんで知ってるんですか」
密かに観察していたからだとは言えない。蓮はキョーコの質問を黙殺して更にたたみかけた。
「周りに合わせるから、オーバーペースになるんだよ。ちゃんと断るときは断らないと」
「……敦賀さんだって」
「え?」
不満げにもらされた一言に蓮は思わず聞き返した。

「敦賀さんだって、百瀬さんのお酌断らずにずっと飲んでたじゃないですか」
なぜ知っているんだ、と蓮は突っ込みたくなったが、今はそこが問題ではない。
「俺は……ちゃんと、自分の許容量分かって飲んでるから大丈夫だよ。現に、酔っ払ってはいないだろう」
「あんなに飲んだのにおかしいです!敦賀さんだってまだ23歳でお酒の経験それほどないはずなのに!」

なんだ、絡み始めたぞ?と蓮は思いながらも、やはりアルコールが入っているせいもあるのだろうか、後ろに引けなくなってきた。
「酒に強いかどうかは経験より体質だ。それにもう俺は24歳になったの」
「いつの間にですか」
「2月に」
「なったばっかりじゃあんまり23歳と変わりません」
「それなら君は19歳と変わらないんだな」
「ぐ…」

しまった、うっかり言い負かしてしまった、と蓮は思ったが、フォローしようと口を開いた瞬間、ジャケットの胸ポケットで携帯が震え始めた。蓮は携帯を取り出して画面を確認すると、一瞬眉をひそめてから電話に出る。

「はい」
キョーコの耳には、もれ聞こえてくる女性らしき高い声が届いていた。
「…ああ、いや、急用は急用だよ。……あとで説明するから」
なぜ二次会に戻ってこないのか咎められているのだろうか。キョーコはため息を一つつくとまたウーロン茶のストローを口にする。
「……うん。いや、もう多分このまま帰るよ。……ああ、悪いけど」
「……はい。じゃあ皆によろしく。百瀬さんももう飲み過ぎないようにね。・・・お疲れ。」

蓮が通話を切ると同時にキョーコの口から低い声が発せされた。
「もう大丈夫ですから、百瀬さんのところに戻ってあげてください」
「…なんで百瀬さんのところ、なの。大体何が大丈夫だって?俺の事はいいから、ちゃんとアルコールを抜きなさい」
「よくないです。大事なことじゃないですか。もう本当に、お願いですから放っておいてください…!」

キョーコは相変わらず蓮を見ない。その目には涙が溜まっていた。蓮は息を思いっきり吐き出して、それから片手でぐしゃりと前髪をつかむ。
「俺、最上さんにそこまで嫌われることしたっけ…?…でも嫌われてもいいよ、このまま放っておくことだけはできないから」
やっとキョーコは顔を上げた。ゆっくりと蓮の方へ顔を向ける。
「嫌う訳……ないじゃないですか。なんで、なんで忘れようと思ったところに、ずかずかと入ってくるんですか」
蓮は訳が分からなくて無言のままキョーコの顔を見つめた。キョーコは悲しいような怒ったような表情をしている。
「私がどれだけ…どれだけあなたに会いたかったか……忘れようとすればするほど、思い出してしまって…なんで、だって、あなたには彼女がいるのに…こんな、バカみたいなこと…!」
キョーコの言葉は段々と支離滅裂になってきたが、蓮は息をのんだ。まさか…?

「ちょ、ちょっと、最上さん、それって…?」
「私が馬鹿だってことです!!だって、しょうがないじゃないですか!でももう、もう会わないですから!会わないですから…」
2人の視線が絡む。
蓮が口を開こうとしたその時、いきなりキョーコが立ち上がると蓮の方へ身を乗り出してその唇を蓮の唇へと押し付けてきた。
「ごめんなさい…!さよなら!」

蓮が呆気にとられた一瞬の隙に、キョーコはカバンとコートをひっつかむと部屋から走りだして行った。
蓮は慌てて後を追うが、ドアを開けて廊下に出た時にはすでにキョーコの姿はなく、階段を駆け降りる音が遠ざかって行っていた。

なんだって……最上さんは、なんて言った?

蓮はしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。




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