SkipSkip Box

社外恋愛 (12) ~惜別~


こんばんは!

あっという間に今年も1ヶ月が終わろうとしています…。
12か月ってあっという間ですよね。気を抜かず、1日1日を大切に過ごさないと…。


では、今日も「社外恋愛」続きです~~





その日の夜遅く、蓮は自宅に帰って着替えを済ませると、リビングのソファに座って可愛らしいオレンジ色の袋をまじまじと眺めていた。
昼間、なぜか社には山口や石井と一緒に堂々とチョコが渡されていて、蓮はなんだかおかしくなったのだが、3人が開けていたのはピンク色の可愛らしい箱で、中にはトリュフチョコがいくつか入っていたようだった。

…俺のは違うのか?

いくばくかの不安と期待を胸にリボンを解き袋の中身を取り出す。
中には透明のビニールに包まれたチョコと、メッセージカードが入っていた。チョコはトリュフではなく、細長い棒状のものだ。蓮はとりあえず中身を確認するとメッセージカードを手に取った。

『To 敦賀さん

アルバイト中、経験不足でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
そして、パソコンのことを色々と教えてくださってありがとうございます!おかげでパソコンに触るのが楽しくなってきました。
もうアルバイトが終わってしまうのが少し寂しいですが、敦賀さんもお体にお気をつけてお過ごしくださいね。

最上キョーコ』

女の子らしいが丁寧な字で綴られたキョーコの礼儀正しいメッセージを読んで、蓮は表情を緩める。カードをくるりとひっくり返してみたが、そこに連絡先が書いてある、という事はなかった。

必要ない時はこれでもかって書いてあるのに、欲しい子はくれないもんだな…

だいぶ自分勝手なことを考えながら、蓮はビニールの袋を開けてチョコを一つ口に入れた。
それはオレンジピールにチョコをコーティングした物で、ビターチョコのほろ苦さと、これまたすこし苦味のあるオレンジピールの香りが口の中に広がる。キョーコのいつもの様子からすると随分と予想外に大人な味のチョコだ。

俺に合わせてくれたのかな…?

蓮はふとそんなことを思った。単純にキョーコが言うとおり『皆さんにお世話になったお礼を』と言うのなら、蓮のチョコだって他の人と同じでいいはずだ。なのに、蓮だけなんだか特別扱いだ。これは確かに他の3人と同時に開けたりしたら何か言われるだろう。

それにしても、キョーコはなぜ蓮があまり甘いものを食べないことを知っているのだろうか。実際、蓮は食にさほど興味を持たず、甘いものも嫌いな訳ではないが、進んで口にはしない。職場でお土産が配られる時もあるが、渡されれば食べる、という程度で、それも断ったら失礼だろうと思うからだ。
そんな場面を、もしかしてキョーコはこっそり見ていたのだろうか。それとも、単純に普段のイメージから?

最後の最後に期待を持たせて……君は素知らぬ顔で去っていくの?

チョコのほろ苦さが胸に染みる。それにしても、これをくれたときのキョーコの言葉が少し引っかかる。

俺に、彼女がいるって……誰から言われたんだ?

蓮はソファの背もたれにもたれてしばし動かなかったが、それからふと思いついて、カバンのポケットを探って名刺入れを取り出した。一縷の望みをつないでみようか、そんな気分になっていた。


キョーコのバイト最終日。その日の始まりもいつも通りだった。
早めに出社して席に着いている蓮にキョーコが挨拶をすると、蓮からはお礼の言葉が返ってきた。
「おはよう、最上さん。昨日はどうもありがとう。ごちそうさま」
「あ、いえ!どういたしまして。あんなのじゃ全然お世話になったお礼にはなりませんけど…」
「ううん。お礼なんていらないんだよ。こっちも最上さんに来てもらってすごく助かったんだし。それに、あのチョコ、すごく美味しかった」
キョーコは途端に笑顔になった。
「よかった!敦賀さん、なんだか甘いものを召し上がるイメージがなかったので」
「ちょうどいい甘さだったよ。苦味もきいてて。あのオレンジピールも手作りなの?」
「あ、そうです!よく分かりますね」
「やっぱりか。前に食べたのより甘さが控えめだったし、オレンジの香りが強かったから。すごいな、本当に上手だね」
そんな、とんでもないです!と両手を振るキョーコの顔はとても嬉しそうだ。

この素顔でもっとたくさんテレビに出たら、ファンが今よりいっぱいつきそうだな…

蓮は笑顔を眺めながらそんなことを思う。でも、この笑顔を自分だけが知っていたいなどという考えも、心のどこかにあった。

蓮は名刺入れから1枚の名刺を取り出すと、キョーコに差し出した。
驚いた顔でキョーコは躊躇いがちに差し出された名刺を両手で受け取る。そこには蓮の名前や会社の連絡先が印字されているのだが、その下に青い字で携帯のメールアドレスが書き込まれていた。
「最上さんのバイトは今日で終わりだけど…もし、パソコンのことで分からないこととかあったら、遠慮しないで連絡して」

「えっ、そんな、わざわざ申し訳ないですよ!!」
キョーコはやや青ざめた顔で名刺を返そうとするが、蓮はそれを押しとどめた。
「お守り代わりでいいから。パソコン調子悪くなるとどうにもならないこと、あるからね。そういう時のために取っておいて。これが俺からのお返し、かな?お返しにもならないけどね」
蓮が軽い調子で笑って言うと、わかりました、と今度は素直にキョーコは受け取った。


半日かけて山口と石井に引継ぎを済ませ、グループのメンバーたちに挨拶をして、キョーコは夕方、社のところにやってきた。借りていた入室用カードを社に返し、深々とキョーコは頭を下げる。
「色々とお世話になりました!」
「こちらこそ、キョーコちゃん来てくれてほんと助かったよ」
「お力になれましたか?」
「うん、最初の予想以上にね」
よかったー、とキョーコは胸に手を当てた。最初は本当に不安だったのだが、役作りのために来ているとはいえ、ちゃんとバイトとしても戦力になれたのだったらこれほど嬉しい事はない。
「では、私はこれで失礼します」
「うん、気をつけて帰ってね」

蓮もくるりと後ろを振り返った。
「敦賀さんも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」

簡単な挨拶を交わして2人は離れた。
キョーコはもう少し話していたい気分だったが、チョコを食べてもらえたことで区切りをつけようとしていた。心の中でそっと蓮に改めてお礼を言う。

これで、今度のドラマ、きっと役の気持ちになれます…ありがとうございました!


キョーコは社に送られて部屋のドアのところまで来た。
「キョーコちゃんがテストを担当してくれたアプリ、あともうちょっとでリリースなんだ。無事リリースできたらささやかながら打ち上げしようと思っててさ。よかったら、キョーコちゃんも参加してくれない?」
「え、私もですか?」
「うん、だって功労者の1人だもん。都合が合えばでいいから。連絡してもいいかな?」
「分かりました…ありがとうございます」
キョーコは最後に深くお辞儀をすると、ちらりと室内に視線を走らせてからドアを開け、退室した。入室用カードを持たない今、ドアを閉めてしまえばもう、自分からここに入る事はできない。
キョーコは少し寂しい気持ちになったが、顔を上げるとしっかりとした足取りで歩き出した。

こうして、キョーコの1ヶ月のアルバイトは無事終了した。


バイトが終わって息をつく間もなく、キョーコのスケジュールはその密度を増した。
4週間もの間、週4日の日中を丸まる空けるために椹も周りも相当に骨を折ったのだ。その反動で後回しにしていた仕事が雪崩をうってくるのはどうしようもない。仕事があるということは、有難いこと!とばかりにキョーコは文句も言わずに忙しく飛び回り始めた。

撮影などで忙しい間は何も考えずに済んでいるが、家に帰りつくとなんとなく色々考えてしまう。キョーコはバイトが終わってから数日経っても、事あるごとに蓮の名刺を取り出して眺めては、取りとめもない考えに思いを馳せていた。名刺は、汚れては大変と、受け取ってすぐにこっそり事務所の備品を借りてラミネート加工してある。

名刺一つにやりすぎかもしれない、とキョーコは自分でも思ったが、なくしたり、破いたりするのが嫌だった。いくら連絡先を教えてくれたからといって自分から図々しくメールはできないが、この小さな紙が蓮に嫌われてはいない、という証のような気がする。キョーコは嬉しく、そして切なく、名刺を眺めながら蓮との会話を思い出していた。


そしてバイト終了からほどなく、連続ドラマの撮影が始まる。
台本をもらったときには仮決めだったキョーコの役名は『高田 明日香』に決定。貴島が演じる『峰岸』とは最初はぶつかり合いながら徐々に仕事でもプライベートでも接近していく関係だ。

バイトのおかげか、オフィスのシーンではキョーコは違和感なく明日香になることができた。
貴島も、キョーコが思う以上にクールで有能な上司を見事に演じていた。びしばしと明日香に鋭い言葉を吐き、だがそれが明日香の力となって行く。貴島との掛け合いはキョーコにとってかなりやり易かった。流れるような言葉の応報、アドリブを交えつつ小気味よいやり取りが展開していく。

キョーコは演技中は完全に明日香になりきって、ちょっとにくらしい、でも頼りがいのある峰岸との関係を楽しむようにすらなっていた。しかし役に入り込めば入り込むほど、カットがかかって我に返った時に考えてしまうのだ。

どうして、今目の前にいるのが敦賀さんじゃないんだろう……


明日香が峰岸を思う気持ちと、キョーコが蓮を思う気持ちが交錯して区切りが分からなくなってしまう。今のところ演技にはプラスに働いているが、その分キョーコ自身の気持ちも揺り動かされる。

数回の撮影が終わる頃には、辛い気持の方が勝ってきて、キョーコは蓮からもらった名刺を眺めることができなくなってしまっていた。

関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する