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社外恋愛 (9) ~下降~


こんばんは!
また雪が降る、と予報で言っていますが、どんなもんですかね…

さて、周囲にインフルエンザ包囲網が出来上がりつつあります。
子供の通う小学校でも学級閉鎖が出て、近所の幼稚園もお休みになったりしているそうです。
うがい!手洗い!マスク!頑張って乗り切らなければ…。

ではでは、社外恋愛、今日の更新です。





だから…浮き沈み激しいのは嫌なんだってば…!

キョーコは非常階段の扉にどっしりともたれかかり、うなだれながら心の中で叫んだ。
昨日は、蓮が休日出勤していたと分かり、蓮とも親しく話すことができ、褒められまでして、状況は変わらないものの若干浮上できたというのに。火曜日の今日も順調にバイトを終えて、気分も軽く、少し体をほぐしたくて階段で降りようと思ったのが間違いだったのか。

キョーコが非常階段の扉を開けて1歩踏み出したところで、下階との間の踊り場に人の姿があるのが目に飛び込んできたのだった。そこにいたのは2人。1人は長身の男性で、もう1人は女性。女性は俯いて男性の胸に頭をあずけ、男性は女性の肩に手を置いている。女性は後姿だったが、ストレートのロングヘアとパンツスーツ、男性は…扉が開く音に顔を上げたので、誰だかすぐに分かった。目が合うなりキョーコは踏み出した1歩を元に戻して、無言で静かに扉を閉めたのだ。そうして、今に至る。

キョーコは気を取り直すと扉の前を離れ、エレベータホールまでずんずんと歩いて下ボタンを力任せにばしっと押す。

何も会社でいちゃいちゃしなくたっていいじゃないのよ!!
敦賀さんって、そういう公私混同しない人だと思ってたのに!

なぜ怒っているのか自分でもよく分からず、今度はがっくりと肩を落として はーーーーっとため息を吐き出した。

いちゃいちゃ、というより…慰めてるみたいな感じだったのかな?あの女の人…百瀬さんだったよね。
どっちにしたって、なんかまずいところ見ちゃったのは間違いないわよね…明日はバイト休みだってのに、明後日どんな顔で来ればいいのか分かんなくなっちゃったよ…

我ながら本当にジェットコースターのような浮き沈みだ、とキョーコは自嘲気味に思ったのだが、悪い事は重なるものなのか、沈むのはそこで終わりではなかった。


翌日の水曜日、京子としてレギュラー出演しているバラエティ番組の収録を終えて楽屋を出たところで、楽屋のドアの向かいの壁にもたれ掛って立っている金髪の男と目が合った。
「よお。久しぶり」
男は体を起こして声をかけてきたがキョーコは無視して歩き始めた。男もキョーコの反応を気にせず並んで歩き始める。
「芸能界の先輩に挨拶も出来ねーのかよ」
「私になんか構わなくたって挨拶してくれる女の子くらいいっぱいいるでしょ」
「ふん。相変わらずだな」
「おかげさまで」
キョーコは皮肉たっぷりに答えると、真っ直ぐ前を見据えたまま足早に出口への道を辿った。すれ違う人たちが、「あっ、尚よ」などと嬉しそうに振り返るのが今日はえらく癇に障る。

キョーコはちょうど来たエレベータに乗る。当然のように男も乗った。2人を乗せてエレベータは降下していく。
「なあ、ちょっと話があるんだけど」
「私にはないわ」
間髪いれずに拒否されても男は全くひるまない。
「祥子さんが車回してくれてるんだ。お前今日は仕事上がりだろ?送ってってやるよ」
「はあ?冗談じゃないわよ。送ってくださらなくて結構です。あんた何、最近干されて暇なの?」
「んな訳ねーだろ。あーあ、ほんと、相変わらずかわいくねーな」
ぼそりと呟いた男の顔をキョーコはぎろりと睨みつけた。
「あんたなんかに可愛いと思われたらそれこそ一大事よ!可愛くなくて結構」

2人はエレベータを出て、テレビ局の玄関ロビーにたどり着く。そこには男のマネージャーである祥子がきょろきょろしながら待っていたが、2人の姿を見つけると小走りで寄ってきた。
「久しぶり、キョーコちゃん。あのCMすごい人気ね。よかったわ尚、キョーコちゃんに会えたのね」
「お久しぶりです、祥子さん」
キョーコは礼儀正しく深々とお辞儀をしてから、びしっと祥子にも釘を刺した。
「祥子さん、もういい加減こいつも大人なんですから、人に迷惑かけることさせないで下さい」
「ごめんなさいね、キョーコちゃん。あなたに対してだけは尚も変わらないのよ」

まったく、なんで私に対してだけなの?相変わらず私のこと都合のいい家政婦とでも思ってるのかしら。いい加減にしてほしいのよね!!

男はキョーコの幼馴染にしてトップアーティストの不破尚だ。
中学を卒業してすぐ、デビューを目指して上京した尚に着いてきたキョーコは、尚に尽くして貢いだ挙句捨てられる、という経験をした。そのまま捨てられて終わりかと思いきや、キョーコは尚への復讐を果たすために芸能界に入ったのだ。
もっとも、タレントや女優としての才能が開花し、ここ2年ほどは復讐そっちのけで仕事に全力投球している。尚は自分を追いかけて芸能界に入ってきたはずのキョーコが、最近は自分のことを見ていないことを気にして、何かとキョーコにちょっかいをかけていた。
尚はキョーコを自分の意志で捨てたものの、一気に花開いてしまったキョーコに対してただならぬ想いを抱いている、ということは、本人も否定しているしキョーコも気がついてはいないが、祥子だけは様子を見て分かってしまっていた。
過去の仕打ちに対する引け目があるせいか強引な行動には出ないが、たまに顔を見たり声を聞いたりしないとストレスが溜まってしまうようだ。担当タレント管理と言う観点から、祥子はキョーコに申し訳ないと思いつつもキョーコのスケジュールを調べて横流しするようなことをたまにしている。

「キョーコちゃん、もう遅い時間だし、できれば車で送って行きたいんだけどダメかしら?」
キョーコは無言でじっとりと祥子の顔を見ていたが、やがてため息とともに了承した。
「バカが助手席で私が後部座席、それでよろしければ」
「もちろんよ。尚には勝手なことさせないから。じゃあ行きましょ!」
祥子は喜ぶと、キョーコの気が変わらないうちにと2人を車へ促した。

走り出した車の中はしばらく静かだったが、全く友好的な雰囲気を感じさせないキョーコに対して尚は振り向きながら話しかけた。
「ふん…CMでもてはやされてるみたいだけど、やっぱおめーは何も変わってないな」
せせら笑うように吐かれた台詞にもキョーコは冷静だ。
「…女優は何にでもなるのよ。自分が変わらなくたって」
「はっ。世の中のやつらが騙されてるだけだよな」
「いいのよ。騙すためにやってるんですもん。騙されてくれたら成功だわ」
けっ、と尚はつまらなさそうな顔をした。
「単に視聴者が騙されるだけならいいけどよ。中には同業者に勘違いする奴だって出てくるだろ」
「何よ勘違いって」
「おめーが色っぽいとかそんな勘違いだよ。そんで手ぇ出そうとする奴だっているかもしんないぞ。まあ少ないだろうけど」
ふーん、とキョーコは冷めた目で尚を見る。

「だから、なんなの?あんたに迷惑かかるわけでもないでしょ」
「気をつけろって忠告してやってんだよ。どうせ男と付き合ったことなんてないだろうから、声かけられたらホイホイついてきそうだもんな、お前」

素直じゃないわねえ、と祥子はため息をついた。下手な男に引っかかるのを心配しているのに…まあ、8割は自分以外の男とくっつくのが嫌なのだろうが…もう少し柔らかい言葉をかけられないものか。
ただ、尚の挑発的な言葉にキョーコが一番反応するのも確かだ。あまり健全ではないが、喧嘩のようなやりとりをしてこその二人とも言える。案の定、キョーコが若干けんか腰になってきた。

「心配ご無用だわ。私だって冗談の見極めくらいできるわよ。社交辞令にホイホイついてくようなこと、する訳ないじゃない」
実際のところ、自分にかけられる誘いは全部社交辞令だと思っているのだが、後半について嘘は言っていない。
「どーだかね。…他の男の車に1人で乗ったりしてねーだろな?」
「ばっかじゃないの!する訳ないわよ!」

「……そういえばお前、来週どうすんだよ」
尚は少しホッとした顔になったが、やや悩んだ後話題を変えた。
「来週?来週って何よ」
「お前ほんとに女か?来週はバレンタインデーがあるじゃねーか。…誰か他の男にやったりするんじゃねーだろな」
「はああ??なんであんたにそんなこと教えてやらなくちゃいけないの?」
キョーコは答えながら、今の今までその存在を忘れていたことに気がついた。バイトが始まってからスケジュールが過密で、そんなものを売っている売り場をのんびり眺めている暇などなかった。
「あ、やっぱりおめー、のぼせあがってやがるのか…」
「しっつこいわね!今年もいつも通り、仕事でお世話になった人にお礼で配るだけよ!もちろん、あんたにあげるチョコなんてひとかけらもないんですからね!」

車はキョーコの自宅マンションのそばの見慣れた路地に停車した。
キョーコは祥子にお礼を言うと、カバンを引っつかんですばやく外に出る。しかし、同時に助手席を開けて尚も外に出てきていた。逃げようとするキョーコの腕をはしっとつかむ。
「何やってんのよあんた!帽子もかぶらないで、自覚あるの?」
「お前もだろうが!ちょっとだけだ……お前、本当に気をつけろよ」
「何を」
「俺の周りでも、あの悪魔のCM見てお前のこと本気で狙ってる奴、1人や2人じゃねーんだよ」
「そりゃ皆さん勘違いしてくれて本望だわ」
「ばっか!皆が皆紳士的な奴じゃねーんだから、襲われてからじゃ遅いんだぞ!」
「ご忠告どうも!でも心配要らないわ。さすがにあのCMで騙されても、素の私見て目が覚めない人なんていないでしょ!」

キョーコは尚の腕を振り払うと、後ろを振り返らずに走り去っていった。

ん、もー!最悪よ!ただでさえ気分的によくないところに、なんでよりによってあんな男に待ち伏せされて、言いたい放題言われなくちゃなんないの!!

キョーコにはもちろん、尚の意図など理解はできなかったのだ。

「お前…自分でそれ言うか……つか、やっぱり気がついてねーのかよ」
尚はキョーコの後姿を見ながらぽつりと吐き出した。最近バラエティ番組で見かける素のキョーコも十分過ぎるほど魅力的な笑顔を振りまいて、好感度ランキングはうなぎのぼりだ。この手が本当に届かないところに行ってしまいそうで、尚には焦りがあった。

自覚がないのではどうしようもない。最も、『地味で色気がない』と刷り込んでしまったのは自分だと言う自覚がある。キョーコが相変わらず色恋沙汰には疎そうなことにホッとしつつ、やっぱり目を覚ましてやるのは俺しかいねーか、と、トップアーティストはやや自分勝手な思いを抱いたのだった。


路地には人気がなく、尚はすぐに助手席に戻ると車は走り去った。
が、そのそばの駐車場には、数人の人影があったのだ。
「撮れた?」
「ケータイでも意外といけるもんだな。ばっちり」
「相手の女、誰よ?」
「わっかんねーけど、アップすりゃ誰か分かるだろ」

それは若者たちのほんのいたずら心だったのだが、キョーコにとっては最下点まで落下させられるいたずらでしかなかった。


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