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社外恋愛 (7) ~自覚~


こんばんは!

子供は風の子、なんですよね?
なぜうちの子たちは「寒いから動きたくない」って丸まってるのでしょうか。
じっとしてるから寒いんじゃ!

さて、今日の更新です。
今週末はおそらく更新お休みさせていただきますー…





キョーコは目を疑った。
なんとか自然に目をそらし、さりげなく様子を伺う。…間違いない。撮影の様子を見物している野次馬の中からにょきっと突き出している頭は、確かに蓮のものだった。

そりゃ、ここは会社の近くだけど今日は日曜日で…!なんで、今ここに敦賀さんがいるの??


パニックになりそうなのをぐっとこらえ、本番のための立ち位置へと移動する。ちらりと盗み見た蓮は普段と少し印象が違う。どうやら、会社にいるときよりラフな格好のようだった。スタイリストがメイクや衣装のチェックをしているのを見るような振りをして蓮の方を伺うと、蓮は横を向いて誰かと話している。蓮の姿は見えるのだが、隣の誰かはその前に立つ人に隠れてしまっていて、キョーコの位置からは見えなかった。

誰かと一緒なのかな?

キョーコがそう思って蓮の様子をまたチラリと見ると、一瞬目が合ったような気がした。慌てて目線を逸らしたが、向こうはそのままこっちを見ている気配がある。まだ見てる?と気になってもう一度そちらに目をやると、蓮の斜め前に立っている人の後ろからひょこりと顔が現れた。こちらが見える位置に移動したのだろう、それはストレートのロングヘアの女性。キョーコもその顔を知っている、百瀬逸美だった。

敦賀さん……百瀬さんと…一緒…?……デート、なのかな…


蓮と逸美は撮影を見学することにしたらしい。2人は撮影の様子が見えるポジションへと移動してきていた。いつもスーツを着ている逸美も、今日はデニムにロングブーツと、蓮同様ラフな格好だ。和やかに会話をしながら2人並んで立っている姿は、キョーコの目からはお似合いのカップルに見える。

キョーコは撮影前の説明をする監督の話を聞きながら、覚えのない感情が胸の奥でとぐろを巻くのを感じていた。もやもやと、むかむかとこみあげてくるその思いは、決して気持ちのいいものではなく、できることなら押し込めるか霧散させてしまいたいのに、どっしりとキョーコの中に居座って離れて行きそうにない。

何よこれ…。2人が付き合ってるかもしれないって、前から思っていたのに、なんでこんなにもやもやするの?

もやもやするだけではなかった。蓮が逸美に笑いかける姿を目の端に入れるだけで、胸がぎゅっと圧迫されるような気分になる。思考に囚われていたキョーコがハッと気がつくと、許嫁役の俳優とその同僚役の女優はすでにスタンバイのため目の前のオフィスビルのロビーへと入って行っている。監督もモニタの前に陣取り、まもなく本番が始まる状態だ。

だめだめキョーコ、余計なこと考えないで、小百合にならないと…!

ギュッと目をつぶって息を吐きだしたキョーコだが、衝撃が強くてなかなか思うように気持ちがおさまってくれなかった。このまま本番が始まったら、小百合ではなく、京子ですらなく、最上キョーコのままでカメラの前に立つことになってしまう。
焦ったキョーコだったが、ふとその瞬間に気がついてしまった。

このもやもやが……今の小百合なんじゃないの?

キョーコが一度深呼吸をしてゆっくりと目を開けるのと、監督から「はい、本番!」という声がかかったのはほぼ同時だった。



蓮は、日曜日だというのに普段とさほど変わらない時間にいつものオフィスに着いていた。
オフィスはがらんとしていて、薄暗く静かだ。月曜日までに揃えなくてはいけない書類がどうにも間に合わず、蓮は休日出勤することにしたのだ。家でやってもよかったが、やはりオフィスにいた方が必要なデータが揃いやすいし、仕事の気分にもなれるだろう。

一応休みの日なので普段よりくつろいだ格好だったが、蓮はいつも通りに仕事に取り掛かった。
午前中は瞬く間に過ぎ、そろそろ昼になろうかという頃。蓮以外にも出勤して来た数人の姿があるが、フロアは静かだ。カタカタとキーボードを叩く音だけがする中、かちゃりと音がして入り口のドアがあくと、そこから女性が顔を覗かせた。蓮の姿を認めると、笑顔で近づいてくる。
「あー、やっぱりいた」
「お疲れ様、百瀬さん。珍しいね、百瀬さんも休出だったの?」
蓮は手を止めると逸美に答えた。そのまま両手を上げて伸びをする。

「ん。どうしても済ませておきたいのがあってね」
「仕事熱心だね」
「やだ、敦賀君だって人の事言えないじゃん。土日もよく出てるんでしょ?」
逸美は笑うと、話を変えた。
「そろそろ12時だからさ、お昼食べに行かない?今日は下の食堂お休みでしょ」
「ああ、もうそんな時間か…日曜だと外もやってるところが限られるな」
実はもう目星はつけてるの!と答えた逸美に笑いかけて、蓮は椅子から立ち上がった。

「やっぱり休みの日は人が少ないよね」
逸美はビルを出て表を見渡すと呟いた。が、並んで角を曲がったところで普段は見ない人だかりが見えてぎょっとする。
「敦賀君、なんかやってるみたいだよ」
「ああ…人だかりがしてるな。テレビ撮影か何かかな?」
日曜のオフィス街のためか立ち止まっている人の数はそれほど多くもなく、何をやっているかは覗けば分かりそうだ。逸美は足を速めて人垣に交じると、内側の様子を伺った。そして、途端に弾んだ声を出す。
「ドラマの撮影みたいだね。あっ、俳優の恵太がいる!」
「目ざといね」
「最近よく見るもの。ドラマでもCMでも。わー、生恵太だ~~」
俳優を確認して、すごいすごいと喜んでいた逸美は、ふと隣を見上げて蓮がある方向を見ているのに気がついた。同じ方向を見ようと、体を傾けて前に立っていた人の隙間から様子を伺う。
「あれも…女優さんだよね。きれいな着物ーー。すごい美人だけど…誰だろう?」
「……」
何かを蓮が呟いたが、逸美には聞き取れなかった。思わず振り返って聞き返す。
「え?何?」
「…京子だ、あれ」
蓮は目線をはずさずにぼそりと答えた。

えっ、と逸美はもう一度着物の女優の方を振り返った。少し濃い目に施されたメイクのせいもあるのだろうか、その顔はきりりとした古い時代の女性のようで、今まで観たことがある番組の中の京子とは違っている。
「えー!やっぱり言われないと分かんない!さすが敦賀君。本当に京子だったら一目見るだけで分かるんだね」
「ああ……」
蓮は上の空で返事をしたが、ずっと京子の方向を見たままだ。
「敦賀君、どうしたの?」
逸美に不思議そうに覗き込まれて蓮は視線を逸美の方に戻した。
「いや…芸能人を直に観たのは初めてだなって思った」
「なぁんだ。それで見惚れてたの?案外ミーハーなところあるんだねえ。あ、そうだよね。京子のフィギュア集めるくらいだもんね」
「いや…まあ…ね」
撮影に遭遇して気分が高揚したのか、楽しそうに話す逸美に曖昧に返事を返すと、蓮は撮影の様子を伺った。
撮影が始まるのか、エキストラらしい十数人のスーツ姿の男女がスタッフの指示に従って散らばり、京子や他の俳優たちは集まって打ち合わせ中のようだ。

「ねえ、ちょっと見ていかない?」
目を輝かせた逸美に押し切られて蓮も断る理由もなく了承し、2人は撮影の様子が見える場所へと少し移動した。


テレビ画面を通してではなく直接その姿を見ることで、蓮ははっきりと確信した。

やっぱり、最上さんは京子だ。絶対に間違いない。

なぜ逸美が気がつかないのかやっぱり不思議だったが、目線の先で着物を着て背筋をまっすぐ伸ばして立っている少女は、一昨日蓮の後ろでPCと格闘していたのと同一人物だ。何のために女優が企業でバイトしている?と疑問が湧いてくるが、蓮はすぐに答えに辿り着いた。

役作りか……!

役作りのためだけにわざわざ1ヶ月もバイトする必要があるのか、蓮には判断がつかなかったが、その役への取り組み方には頭が下がる思いだ。おそらく、京子の演じる役はIT企業に勤めるOLなのだろう。だからあのオフィスの雰囲気をつかみ、PCも当たり前のように使いこなせる必要があるのだ。
しかしキョーコはオフィスに馴染みPC操作を覚える以上に、バイトの作業を社達の期待の120%くらいこなしてみせている。20歳そこそこのあの華奢な女性のどこに、それだけの才覚と根性と体力と……蓮は考えるだけでめまいがしそうになった。

「はい、本番!」監督らしき人の声が響き、蓮ははっと顔を上げた。さっきまで目を閉じていたはずのキョーコは顔を上げ、前を見据えている。その顔は、先ほどとは全く違う。冷たいまでの微笑みをたたえ、でもその目の奥には炎が燃えているようだ。

そしてカウントダウンとともに本番が始まり…蓮は『気圧される』ということを体感させられたのだった。


興奮冷めやらぬ逸美と昼食を済ませてオフィスに戻った蓮は、どさりと椅子に腰を下ろした。デスクに置かれたPCの上からは、天使と悪魔の京子が蓮に微笑みかけている。
正直、昼食に何を食べたのかよく覚えてないし、逸美の話にも半分上の空で返事をしていた気がする。

直接見る京子の演技は、蓮の予想をはるかに超えていた。ちりちりと肌を刺すような緊張感と、ぞっとするような冷気をはらんだ声、そして婚約者の背中に向ける燃えるような眼差しと……去り際にふっと見せた寂しげな表情。相手役の俳優は主役のようだったが、完全に京子の演技にのまれて本気で怯えていたように見えた。

女優の京子と言うのは、あんな存在感なのか…

ジャンルは違うが、仕事への取り組みとその成果という面で、蓮は敗北感を覚えていた。静かに振り返って今は主のいないデスクをじっと見つめる。
ずっと気になっていた、最上キョーコと京子の関係性については決着がついてすっきりしたはずだ。なのに、いつも朗らかに話しかけてくる少女の存在がなぜか急に遠くなってしまったような気がして、蓮は言いようのない寂しさを感じていた。


そして、夜。
キョーコは自分の部屋の浴室で、肩まで湯につかってぼうっとしていた。
目を閉じると昼間の2人の姿が浮かんでしまうので、目を閉じることができない。今日のあのシーンは、監督に絶賛された。半分キョーコ自身の気分に便乗したようになってしまったが、小百合の気持ちとぴったりシンクロした、という自覚もあった。

人への恋愛感情、嫉妬心なんて、こうもすぐに理解できちゃうもんなのかしら…

演技中、内心で小百合と会話することで、キョーコは完全に自分の蓮への感情を認めてしまっていた。だけど、認めたところでこの恋が実る可能性はない。
考えても答えは出ずに、キョーコは無理やり役作りに思考を持っていった。

これで…前半部分は舞台背景も、役の気持ちもつかめた気がするな…

物語前半はキョーコの役は上司に片思いを募らせる。
しかし、物語後半で片思いは両想いへと実っていくはずだ。その状況変化を演じられるのか。キョーコは全く自信がなかった。それよりなにより、あと2週間、今までと同じ顔で同じ態度で過ごせるのか。

ううん、あと2週間やるしかないじゃない!ほら、こんな気持ちを教えてくれた敦賀さんには感謝しないと!いつも通り、元気に笑って、仕事に集中するのよ!!

キョーコは両手で頬をぺしぺしと叩いて気合いを入れた。水滴が顔中に飛び散り、筋を描いてキョーコの唇に触れる。なぜだかそれはしょっぱく感じられた。

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