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社外恋愛 (5) ~嘆息~


こんばんは!

こ、ここのところ、寒い…です…
寒いなあ、と思って部屋の中の温度計を見たら13度で、慌てて暖房の設定温度を上げちゃいました。どこか隙間風が入ってくるところがあるのかなあ。

さてさて、今日も更新でーす。





作業についての指導を受けたことをきっかけにして、キョーコは少し蓮に話しかけやすくなった。その上、社は開発チームの窓口となっているらしく、会議や打ち合わせに引っ張り出されることが多い。社が不在のときは必然的に蓮がキョーコに指示を出すことになり、接する機会も増えてくる。

キョーコは数日間仕事で蓮と接するうちに、蓮に尊敬の念を抱くようになっていた。
蓮の指導は分かりやすく指摘も的確で、蓮自身の仕事もあると言うのに嫌な顔一つせずにキョーコのフォローをしてくれる。キョーコがPC操作をスムーズにできるようになりたいと思っていることを知ってからはあれこれと世話を焼いてさえくれている。貴重な時間を割いてしまって申し訳ない、とキョーコは思っているのだが、蓮は自分の仕事はきっちりと終わらせているようだ。
他のメンバーが度々蓮のところに質問にきたり意見を求めているのを目にして、蓮の開発者としての実力も確かなものだと言うことをキョーコは知った。その割に、蓮は人当たりがよく誰に対しても紳士的に接するのだ。初日に言われた厳しい台詞は何かの間違いだったのかと思うくらいだった。

仕事が出来る人って言うのは、まさに敦賀さんみたいな人のことを言うのかもしれないな…

キョーコは昼休み中、席で頬杖をついたままボーっとそんなことを考えていた。役者でも、実力が第一だが、その上で人柄がいい人はやはりスタッフにも好かれる。余程飛びぬけた人の場合は我がままや気まぐれが許されることもあるが、それだって許されるなりのキャラクターをその人が持っているからだとキョーコは思う。
既に台本読みで顔を合わせている今度のドラマの相手役の役者は、貴島秀人と言う。貴島は実力のある若手俳優だということをキョーコは聞いてはいたが、噂どおり女好きらしい。キョーコに対しても馴れ馴れしく、素の性格が軽い気がする。

うーん…やっぱり、敦賀さんの方があの役にぴったりはまるわよねー…同じ職場にいてどっちを好きになるって考えたら……まあ、貴島さんとはまだ一緒にお仕事した事はないから現場では真面目なのかもしれないけど。

そこまで考えてキョーコはハッと我に返り、慌てて自分の考えを打ち消した。

なんでそうなるの?
まるで私が敦賀さんと貴島さんのどっちがいいか比べてるみたいな!!!
そうじゃないでしょキョーコ!あくまで役の上の話よ、役の上の。そうよ、貴島さんだって芝居の中では素のままじゃないんだし!!あああ、びっくりした…

そこまで考えて、ふと顔を上げると、自席の前に立っている蓮とバチリと目が合った。わ、敦賀さんだ、と思った瞬間、「あ、ごめん」と蓮に謝られて、キョーコはきょとんとしてしまった。

「え?なんでですか?」
今度は蓮の方がびっくりした顔でキョーコを見る。2人は少しの間無言で見つめあっていたが、蓮が先に表情を崩した。
「いや…俺、しばらくここで最上さんの事観察してたんだけど、もしかして気がついてなかった?」
「えええっ。か、観察なんてしないでください!!面白いものでもないんですから」
「…いや、十分面白かったよ」
蓮はくすくす笑いながら自分の椅子に手をかけた。椅子の背をくるりと回してキョーコの方を向いて座る。
「え、なにか変な顔してました?」
相変わらず訳が分からないというキョーコの顔を見ていて我慢できなくなったのか、蓮は口に手を当てて肩を震わせて始めた。しばらくその体勢でふるふると震えてから、ようやく顔を上げる。

「自分で気がついてないのか…ふっ……け、ケータイで動画撮っとけばよかった…」
まだ笑いがおさまっていない蓮に、キョーコは少しむっつりとした表情になった。
「そこまで笑うことですか…?私考え事してただけなんですけど」
「うん…そうだろうね。難しい顔になってみたり、いきなりはっとしてみたり、首振ったり…くくく、何考えてたかは知らないけど、どんな気分かが…外から見て分かりすぎ……」
蓮がようやく笑いをおさめて見てみると、キョーコはしまった、という顔になっている。

「私、また挙動不審でしたか?」
「またってことはいつもなのか」
「はぅっ…いつもっていうか、たまに考え込むと何やら表に出てしまうようで…あの、何かブツブツは言ってませんでしたか?」
「……小声で何か言っていたようだけどさすがに聞こえなかったな。あ、そうだ、『ああ、びっくりした』って言うのは聞こえた」
蓮はキョーコの挙動不審な様子を思い出してしまったのか、再びくくく、と肩を震わせている。
キョーコは顔を赤くして懸命に弁解した。
「ついつい思考の内側に入るとなぜか外に出ちゃうんですよ!気がついてたんだったら見てないで止めてくださったらよかったのに!!」
「…ごめん。あんな面白いの、止めることなんてできない…」
げほげほ咳き込みながら顔を赤くして笑いをこらえる蓮と、それを見ながら「もう忘れてくださいよー!」と情けない顔になっているキョーコを、外から戻ってきた社や山口が何事かと見守っていた。


仕事や環境にも慣れてきたキョーコは、不審に思われないよう気をつけながらバイト先の会社のあれこれを観察し始めた。
もともと始めたらとことんこだわる性格のキョーコは、知りたい事についてはとことん調べないと気が済まない。周りを観察したり、何気なく雑談で周りに聞いたりして、職場環境については色々と分かって来た。

お茶くみとかコピー取りするOLがいないんだー!書類回して「はんこ下さい」っていうのもないんだ…全部パソコンでやっちゃうなんて……まだ判子を押す書類もあるって言われたけど、発見だわー。

その他にもこの会社では「部長」「課長」などの役職をつけず「さん」ですべて呼び合うとか、朝礼は特に大事な連絡や人の挨拶があるとき以外はやらないとか、そんなこともキョーコは教えてもらった。

キョーコは蓮や社についても観察を続けていた。キョーコはすっかり、今度のドラマの相手役の役職は社、人間性は蓮に近いと想定しているのだ。

そういえば敦賀さんっていくつくらいなのかしら…?社さんとの会話を聞いてると敦賀さんの方が後輩よね。でも見た目はそれほど年の差があるようには見えないし…うーん。2人とも20代後半かしら?

そんなことを考えながら、作業をしつつこっそりと2人の会話を聞いていたり、仕事のやり方を観察したりする。
そうする中で、キョーコがちょっと気になっていることもあった。それは蓮と社の元をたびたび訪れる女性の存在だ。百瀬逸美というその人物は、開発ではなくマーケティングの部署にいて、その立場から社のチームに関わっている。

仕事上の関わり合いは分かったのだが、なんだかキョーコの目から見ていると、逸美と蓮は個人的に親しいようだ。ちょこちょこと交わす会話が、些細なことではあるが「この間の…」などと個人的なことに及んでいるし、2人とも友達同士のような言葉遣いで話している。逸美の方が蓮より年下だと思われるので、敬語を使っていない時点でやはり職場での先輩後輩以上の間柄としか思えない。

ふと、バイト初日に山口たちから聞いた話が思い出される。蓮には彼女がいると二人は言った。もしかしたら、あの百瀬と言う女性が蓮の彼女なのではないか。キョーコはそんな予想をした。
逸美はいつもスーツを格好良く着こなし、颯爽としたワーキングウーマン、といった風情だ。それでいて可愛らしく見た目の印象はソフトで、実際バイトのキョーコにも親しげに話しかけてくれる。

うーん…敦賀さんって背が高くて顔も良くて仕事が出来るし、なかなか普通の女性じゃ釣り合わないって思っちゃうけど、百瀬さんならお似合いよね。ああいう人はやっぱり百瀬さんみたいな人を選ぶのかな…

キョーコの演じる役柄も、最初は何の変哲もないOLだが、プロジェクトに抜擢されたことで頑張り、やる気と根性、持ち前の明るさで前へと進んでいく。上司に鍛えられる中で発想力やプロジェクトを動かしていく力までもを開花させていくのだ。

演じる女性はきれいになっていくけど、最上キョーコ自身は地味で冴えないものね…

キョーコは諦め気味に思った。
数年前、自分が芸能界に入るきっかけを作った幼馴染はキョーコを突き放してこう言ったのだ。

「お前みたいに地味で色気もねーのは俺のタイプじゃねーんだ」

芸能人『京子』として知名度も上がり、演じる役が「美人」「可愛い」と称えられてもなお、キョーコはこの幼馴染の言葉に囚われていた。幼馴染に尽くして尽くしてしまいに捨てられた、そんな経緯もあり、自分はもう恋愛なんかしないんだ、と心に決めていた。
だからだろうか。楽しそうに話をしている逸美と蓮の姿を見るたびに、心をちくちくと刺す何かがあることには、あえて気がつかない振りをしていたのだった。


キョーコのバイトはあっという間に2週間が経過しようとしていた。
朝、支度をしながら手帳でスケジュールを確認し、キョーコは無意識にため息をつく。

もう半分終わっちゃったのか…

バイトの終わりは蓮や社達との別れを意味する。
自分の身分を偽って入り込んでいる場。経験を積ませてもらってそれが済めば、バイトとしての最上キョーコは二度とあの場所に戻ることはない。最初から分かっていることではあったものの、キョーコは未練のようなものを感じていた。

私にとって居心地がいい場所なのかな?

変装はしていたものの、あのオフィスに通っているのは素の最上キョーコだった。
ここ数年、素の自分でいる時間の方が短いくらいだったのかもしれない。たとえ何かの役を演じる訳でなくても、テレビカメラの前では最上キョーコではなく京子だ。そんな状況に疲れているのか、それとも…

キョーコは頭を振ると、またため息をついて、手帳を閉じた。



同じ頃、蓮はすでに支度を終え、なんとなくテレビをつけていた。缶コーヒーのCMが流れはじめてハッと目をやる。が、CMの画面に映った天使は京子ではなく別のタレントだった。

何を反応しているのかな、俺は…?

ここのところ蓮は、最上キョーコが京子かどうかについては意図的に考えないことにしていた。自分で結論を出したからと言ってどうにもならないことだし、どっちにしてもキョーコはあと2週間でバイトを終えてしまう。
社は残念がっていて、またバイトに来てほしいとキョーコを口説いていたが、キョーコは困ったように笑って、やんわりと理由をつけて断っていたようだった。

表情が目まぐるしく変わり、言うことはどこか普通とずれていて、でも礼儀正しく仕事には一所懸命。蓮は純粋にキョーコの性格や人柄に好感を抱いていた。反応が普通と違って驚かされるが、それすらも観察対象とすると面白い。

あと2週間か…

蓮はソファから立ち上がるとテレビの電源を切り、部屋を後にした。




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