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おしえてくれたこと (9)


こんばんは!

我が家に、胃腸炎をおこすウイルスがやってきました。ちっちゃいのから順に重症です。
幸い、大したことはないのですが、家族全員が 気持ち悪い だの お腹痛い だの。自分も含めて。

早く全員が全快したいものです。
すごく流行っているようなので、皆さまもお気をつけ下さい!
(予防の基本は手洗いだそうです)





実習11日目。

この日は教育実習の最終日だった。
朝の授業開始前、キョーコの横に奏江が無言で立つ。授業の準備をしてたキョーコはすぐに気がつき、笑顔で挨拶をした。
「おはよー、モー子さん!」
だが、奏江は険しい顔をしたままじっとキョーコの顔を見ている。そういえば、ここ数日、奏江はキョーコの顔を見るときにいつも険しい顔をしている気がする。話しかければ普通に返答するし、たわいも無い話の時には笑っていることもあるので、機嫌が悪い、とか、怒っている、という訳でもなさそうなのだけど。

もともとクールなモー子さんだから、笑ってることは少ないけど…最近、何かあるのかしら?

キョーコはのん気に考えたが、唐突に奏江が口を開いた。
「…椹先生に、確認したんだけど」
「え?何を?」
思わずキョーコは聞き返した。
「実習生に…生徒から連絡先を渡すのは、構わないって。他のクラスの子もやってるみたい」
「え?」
「連絡が来るかどうかは実習生次第だけど、実習生のアドレスとかを無理やり聞きだすんじゃなければいいんだって」
あとは自分で考えなさい、と言って奏江は自分の席に戻っていった。キョーコは後を追おうとしたが、ちょうど始業のチャイムが鳴ってしまい思いとどまる。

1時間目の授業中、キョーコは奏江にいわれたことを考えた。

実習生に、自分の連絡先を渡すのは構わないって…モー子さんが私に言うって事は、もちろん、敦賀先生にって事よね。
先生と連絡を取っておけって事?モー子さん、私が先生と出かけたって聞いてすごく心配してたのに…なんでだろう?でも連絡取るって言っても………あ、そういえば、一昨日先生がだるまやに来た事、モー子さんには話してなかったっけ。

それにしても、モー子さん自身は敦賀先生とか他の実習生にあんまり関わらなかったのに、もしかして、わざわざ私のために先生に聞きに行ってくれたのかしら。私が敦賀先生のこと気にしてるって思って…?

キョーコは授業も聞かずにしばし思考の波に漂っていたのだが、私のためになんて、モー子さんったらさすが唯一の親友だわ…!と、その方向は奏江賞賛に傾いていってしまったのだった。


6人の実習生はそれぞれ無事に実習を終え、担当教官のクラスで最後の挨拶をする。
クラスによっては生徒からの寄せ書きや花束が渡され、実習生たちは喜びと感動を胸にその実習を終わらせることとなった。石橋光などは感極まって思わず涙ぐんでしまい、生徒に励まされる始末だ。

そして、授業後のHRが終わり教室を出ると、後を追ってきた数人の生徒からメモや封筒を渡される。大体のメモや便箋には生徒の携帯番号やメールアドレスが書かれているのだが、蓮は自分で意外に思うほど、主に女生徒からたくさんの手紙を手渡されていた。他のクラスのHRも終わっているのか、準備室に戻る間にもばらばらと、主に女子が数人で固まって意を決したかのように近づいてくる。

蓮は一人ひとりに挨拶をしながら、クラスで渡された花束を持って準備室へと戻った。荷物を置いて椅子に腰掛けると、机の上に置いた手紙の束を無言で見つめる。ぼーっとしていると思われたのか、先に戻っていた光が声をかけてきた。
「敦賀君、どしたの?片付けて、先生たちにお礼を言いに行かないと、打ち上げに遅刻しちゃうよ」
「ああ、そうだね」
蓮はのそりと体を起こすと、手紙の束を無造作にまとめてカバンに入れた。
「…敦賀君、在学中ももててたけど、先生として戻ってきてもやっぱりもてるんだね」
光と蓮は二人ともLME高等学校の卒業生だ。たまたま同じクラスになったことも無く交流は無かったためさほど面識は無い。ただし、光は在校中から何かと目立つ存在だった蓮のことを一方的に知っていた。在校時との外見の違いに驚いたものの、理系の学部に行ったからかな、とあえてそこを問いただしはしていない。

「そうかな…石橋君の方がものすごい人気だったみたいだけど?」
光の前には、手紙だけではなくプレゼントのような包みまで置かれていた。光は照れくさそうに頭をかきながら否定する。
「いやぁ、俺はどっちかといえば友達みたいな扱いでさ。ちゃん付けで呼ばれちゃってるもん」
「年が近いんだから、親しみやすい方がいいんじゃないかな」
物は言いようだよな、と光は笑うと、おや、と部屋の入り口の方に目をやった。蓮はちょうど入り口に背中を向けた姿勢で話をしていたため、光の目線を追って振り返る。

蓮の目に飛び込んできたのは、開いている戸に隠れるようにして遠慮がちに顔だけ覗かせているキョーコの姿だった。

蓮が振り向くと同時に、キョーコの体が小さい「あ」と言う声とともにピクリと震えた。蓮はまさかここにキョーコが来るとは思っておらず、かなりびっくりして動きが止まる。
しかし、「どうしたの?」という光の声に我に返り、すぐに立ち上がると戸口に向かった。

「最上さん、どうしたの?」
蓮は完全に廊下に出てからキョーコに声をかけた。正確には、蓮が近づくにつれてキョーコが後ずさってしまったので、追う形で出てしまったのだったが。
キョーコは下向き加減で視線を落ち着き無くさまよわせていたが、やがて恐る恐ると言った感じで蓮を見上げると、上目遣いのまま、恥ずかしげに両手で折りたたまれた紙を差し出した。気のせいか、少し頬が染まっているように見える。
「あの……これ…受け取って、いただけますか?」

蓮は心をぐらりと揺さぶられる感覚を覚えた。ラブレターでも受け取るようなふわふわの気持ちで、少し緊張しながら差し出された紙片を受け取る。恥ずかしそうな表情をしているキョーコを目の端に捉えたまま折りたたまれた紙を広げると、紙の中央にはごく控えめな大きさの字で、キョーコの名前の下に携帯番号らしいハイフンでつながれた数字と、@が含まれる文字列が書かれていた。

「え…これ……」
蓮はぱっと紙から顔を上げた。日曜日、キョーコは下宿先に連絡を入れる際、携帯を貸すという蓮の申し出を丁重に辞退して、公衆電話から電話をかけていたはずだ。その光景を見て、蓮はキョーコが携帯を持っていないことを悟り、さすがに下宿先の電話にかけるわけにも行かないしと、日常的に連絡を取り合うことを少し諦めていたのに。

「あの…母から連絡用に持たされた携帯がありまして…」
キョーコは少し言い難そうにぼそぼそと話す。
「普段、どうせ母から連絡なんて来ないし、話す事も無いのでずっと部屋に置きっぱなしにしてるんですけど…これを機に、持ち歩こうかなと」

「そうか…ありがとう」
キョーコはお礼を言われたことに驚いて顔を上げた。そこには、本当に嬉しそうに、そして少し照れたように笑う蓮の顔があった。メガネの奥にちらりと見える瞳に、優しい色が見える気がする。勇気を出してここに来た事が無駄にならなかった、とキョーコはホッとすると同時に、喜んでもらえたことをくすぐったく思った。

蓮は周りを見回して人がいないことを確認してから、少し背をかがめると声を潜めた。
「また遊びに行くって約束、有効でいいよね?」
「は、はい…」
しっかりとキョーコが頷いたのを見て、蓮はこの場でキョーコを抱きしめたい衝動に駆られた。さすがにそれはまずいだろう、と必死に自分の体を押さえつける。
「必ず連絡するね。ほんとにありがとう」
戻ってきた他の実習生たちの話し声が聞こえてきたため、二人は軽く別れの挨拶をすると、蓮は準備室へ、キョーコは自分の教室の方へと戻った。蓮は戸口でちらりとキョーコの方を振り返り、それから椅子に戻る。

どやどやと戻ってきた実習生たちが話をしている中で、光は蓮を何気なく見て「あれ?」と思った。
蓮は手に持っていた紙を広げてじっと見つめるとまたたたみ、それを大事そうにスーツの内ポケットにしまう。光には、蓮がうっすらと笑みを浮かべているように見えたのだった。



実習期間が終わった後も生徒たちの学校生活は通常通り営まれていく。
季節はやがて湿っぽい時期へと突入し、7月にはいると「ついこの間中間テストだったのに」と嘆く生徒の声をよそに、期末テストへの準備が始まる頃になっていた。
そしてその頃、電車通学をしている生徒、それも女子生徒の一部で、ある噂が流れ出した。

「駅のホームに、たまにものすごく格好いい男がいるらしい」

時刻はちょうど授業が終わった下校時刻ごろ、高校の最寄り駅のホームで、めちゃくちゃ格好いい人を見た!と噂好きな女子が友達に話したことがきっかけだった。1回であればおそらく「へー」で終わる話だったのだが、目撃談が地味に増えていく。しかも、大抵の場合、噂に対しては「そうでもない」という反論が出ることが多いのだが、今回は「見た」という女子全員が口をそろえて、「めちゃくちゃ格好よかった!」と絶賛しているのだ。

そうなれば、見てみたい!と思う生徒も増えるのだが、定期的に決まった時刻にいる訳ではないので、見ようと思って見られるものでもないらしい。それだけに、一部の生徒たちは下校時にホームの目撃スポットを気にするようになっていった。
そして、目撃談は一段ステップアップする。

「ものすごく格好いい人は、うちの学校の生徒と待ち合わせしているらしい」

制服を着た女子と、噂の男性が一緒に電車に乗るところを目撃したものが出たのだ。生徒の特定はあっという間になされた。

「聞いた?あの例の、駅にいるって人!最上さんと一緒に電車に乗ってたんだって!」
「うそっ。最上さんって、B組の地味な感じの子だよね?」

女子同士の会話に出た『最上』にぴくりと反応したのは、教室の後ろの方でだべっていた不破尚だった。

最近ほんとに俺に関わろうとしないと思ったら・・・あいつ、何やってんだ?

会話など聞いていない風の尚だったが、頭の中ではぐるぐると、様々な憶測が駆け巡り始めていた。


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