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おしえてくれたこと (8)


遅くなりましたが、ぼの様リクエスト 8話目です!
長くなりすぎですよねぇ… でも止まらない…

ではどうぞ。




実習9日目。

実習生が使う準備室。昼休みも後半に差し掛かった頃。
実習生の元に遊びに来る生徒は大体が決まった顔ぶれになっていたのだが、この日は見慣れない生徒が現れた。

「失礼します」
ノックの音の後に引き戸が開けられる。立っていたのは長い黒髪の女生徒、琴南奏江だった。手には数学の教科書を持ち、眉間にしわを寄せてやや不機嫌な面持ちだ。
奏江は準備室の中をぐるりと見渡すと、安芸祥子の隣に陣取っている尚の姿を見つけ、小さく小さく舌打ちをした。それから、数学の実習生を見つけ出すと、すたすたと近づき、仁王立ちする。
「敦賀先生……分からないところがあるので、少し顔貸していただけますか?」

教科書を持っているし、言っている内容はおそらく数学の授業のことなのだろうが、物騒な表情と物言いに周りがギョッとする。当の本人の蓮はにっこり笑って了承すると、二人は部屋を出て行った。

「ここで…聞けない事なのかな」
ぽそりと光がつぶやいたが、誰も答える事は出来なかった。


蓮と奏江は、以前蓮がキョーコを呼び出した第二校舎の屋上にやってきた。
「さて、分からないこととは何かな?琴南さん」
蓮は穏やかな口調で切り出したが、奏江の眉間のしわは消えていない。
「日曜日…キョーコと出かけたと、本人から聞きましたが」
「うん。二人で動物園に行ったよ」
蓮は否定もごまかしもせずにあっさりと認める。

「実習中に、随分と軽率だと思うんですけど」
「そうだね、それは言われる通りだ」
「じゃあなんで、そういうことしたんですか?」
奏江の言葉は全く遠慮が無くずばずばと切り込んでいく。奏江からは蓮の表情はしっかりとは見えなかったが、真面目に聞いているようであった。
「…なんで、と言われると正直説明が難しいんだけど…金曜日に辛そうな顔をしてるのを見てね。励ましてあげたい、と思ったのが一番の理由かな」
奏江は理由を聞いて「ふん」と鼻で笑う。
「じゃあ先生は、辛そうな生徒がいたら、全員遊びに誘うんですか?」

蓮は軽く笑うと、両手を広げて肩をすくめた。
「ああ、そうか、琴南さんの言うとおりだね」
そして、真剣な表情に戻る。奏江は、髪で隠れて見えないにも関わらず、蓮の目に射竦められている気分になった。

「君の期待する答え通りだよ。最上さんだから誘った。気がついたら、声をかけていたんだ」

やけにあっさり認める蓮に、奏江は戸惑いを覚えていた。もう少し、取り繕ったり、もっともらしい理由で煙に巻かれると思っていたのに。しかし、認めるのならばこちらも突っ込んで聞きやすい。奏江はぐっと顎を引いた。
「率直に聞きます。キョーコのこと、どう思ってるんですか?今週で実習は終わりですけど、それで…さよならして終わりですか?」
蓮は少し笑ったように、奏江には思えた。
「俺は…そうしたくないんだ。終わりにはしたくない。実習生であることなんて関係なく、ね。ただ、最上さんの気持ちを無視してごり押しするようなことをするつもりはない」
「そうですか…」
奏江はまだ少し不満げな顔だが、蓮は明るい声で言った。
「琴南さんは随分と友達思いだよね。今日来てくれて、俺もちょっと吹っ切れたよ」
蓮の表情がにこやかになるのと逆に、奏江の表情に警戒が混じる。

「どういうことですか?」
「ふふ。君が俺のところに来たって事は、最上さんがちょっとは意識してくれてるってことかな、と思ってね。あの子は思ってることが素直に行動に出るだろうから」
「なっ!!」
奏江は蓮の背中を押してしまったことに気がついてショックを受けた。
「もし、本気で最上さんが俺のことを嫌ってるとしたら、君だったら『迷惑だから近づくな』と言って終わりだろう?」

握りしめた奏江の拳がわなわなと震えている。
「私はただ!あの子にこれ以上バカな男のせいで傷ついたり自分を責めたりして欲しくないだけです!!相手が誰だって、キョーコを弄んだり泣かせたりするような真似する奴は、排除してやるんですからね!」
奏江は真っ赤な顔で言い捨てると、「失礼します!」と叫んで屋上から出ていった。階段を下りる音が段々と遠ざかっていく。

蓮は微笑んだまま、誰に言うとも無く呟いた。
「分かってる……俺だって、同じ気持ちだよ…」


その夜。
キョーコはだるまやの店内で、「いらっしゃいませ」と入口を振り返った格好のまま、ぎしりと固まっていた。

引き戸が開く音に振り返ってみれば、顔を覗かせたのはメガネを外し髪を上げた蓮だったのだ。蓮はにこやかに、「一人なんだけど」と告げ、我に返ったキョーコがぎくしゃくと蓮をカウンター席へ案内した。
メニューを差し出しながらおずおずと「お飲み物は」と聞くキョーコに、「とりあえずビールで」と答えた蓮はそのままじっとキョーコを見つめる。途端にキョーコは視線をそらし、「かしこまりました!」と飛ぶように逃げて行ってしまった。

くすくすと蓮は笑いながら、遠くで少し顔を赤らめながら厨房へ注文を通しているキョーコを眺める。

どっちにしたってまたビールを運んでこなくちゃいけないのに…

考えていると、俯き加減でビールを持ったキョーコがやってきた。
「ありがとう」と声をかけてから、蓮はキョーコに話しかけた。
「ここまで押し掛けてごめんね。学校じゃ、なかなか話しかけられなくて」
「そんな!わざわざお越しいただいてありがとうございます!」
キョーコはぺこりとお辞儀をした。それでもなんだか、蓮とは目を合わせられないようだ。

「わざわざじゃないんだよ。俺が最上さんに会いたくて来てるだけなんだから」
「な!何をおっしゃいますか」
「ふふ、本当だよ。これからも、通ってもいいかな?」
「それは、も、もちろんです…」

それから、ふと思い出したようにキョーコは顔を上げた。
「そう言えば…敦賀先生明日研究授業じゃないんですか?準備、大丈夫なんですか?」
蓮は目を見開いてまじまじとキョーコの顔を見つめてから、やがて嬉しそうに頬を緩めた。
「俺が明日研究授業だって、知ってるんだ。…気を遣ってくれてありがとう」
キョーコは あっ と言う顔になったが、恥ずかしそうにもじもじと横を向く。
「あの…今日廊下で…C組の人と話してるのが聞こえてきて…」
「うん。スムーズに授業が進むように、ちょっとお願いしてたんだ。聞こえちゃったか」
「はい。あの、頑張ってくださいね」

蓮がお礼を言おうとした時、他の席から呼ばれてキョーコは走って行ってしまった。
しかし、その後ろ姿を見ながら蓮はゆるゆると顔が緩むのをなかなか押さえられなかった。ごまかすように顔をこすりながら週が明けてからの事を考える。

昨日今日と、廊下を通る時に視線を感じた気がしたのは、気のせいじゃなかったのかな?
気がついて見てもそっぽを向いてたけど、あれはわざとか…

自分を意識してくれるキョーコに手ごたえを感じられて、ガッツポーズをしたい気分になる。
しかし、キョーコの心の中がまだ見えた訳でもなく、幼馴染の影をいかにして排除すればいいのか… 一人でビールをあけ、つまみをつつきながら、蓮は一人、研究授業などそっちのけで今後のことを考えていた。

さすがに長居をするのも難しく、蓮は一時間足らずで席を立った。
会計をする女将がじぃっと蓮の顔を見るのを、蓮は少し首をかしげて見返す。
「先週くらいにもいらっしゃいましたよね?」
唐突に女将から話しかけられ、蓮は笑顔で答えた。
「ええ。先週は連れと二人で。ここの料理が絶品だと勧められまして」
「あれ、じゃあ先週が初めて?」
「ええ」
女将は不思議そうにしている。
「キョーコちゃんと、知り合いなのかと思ったんだけど」
「ああ、そうです。知り合いなんですけど、実はここで働いてるってことを知らなくて」
「あら、偶然?」
「ええ、先週は。…今日は、知っててわざと来ましたけど」
女将はしばし考えてから、ちらりとカウンターを窺った。
「…あたしは歓迎なんですけどね。あの人は、ちょいと厳しいので、気をつけて」
蓮がカウンターの中に目をやると、ちょうどこちらをじろりと見た大将と目が合い、慌てて蓮は頭を下げる。
「…肝に銘じておきます」
蓮はひょこりと肩をすくめると、他の席で給仕をしているキョーコに対して軽く手を上げて、外へ出た。

幼馴染と…親友と…親代わりか……

あちこちの方面で対策が必要だぞ、と蓮はうなりながら、帰途に着いたのだった。







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