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おしえてくれたこと (4)

こんばんは。

今日もご訪問ありがとうございます。
もう、12月になっちゃうんですねー。気がついたら年が明けてそうで怖いです。

そういえば、いまさらですがぞうはなは教育実習の経験はありません。
嘘書いてたら、ごめんなさいです。

では今日も続きをどうぞ~~





実習4日目。

昼休み、キョーコは前日だるまやで蓮が帰り際に指示した通りに、第二校舎の屋上へとやってきた。ここはキョーコたちの教室がある校舎からは渡り廊下を渡り、更に階段を上った先にあり、人の出入りは少ない。さすが卒業生、そういうことにも詳しいようだ。

蓮に言われたとおり、弁当と数学の教科書も持ってきている。やや緊張しながら屋上のドアを開けると、金網にもたれて屋上の縁に腰を下ろしている蓮が目に入った。(酔っ払って忘れてれば、なんて思ったけどそんな虫のいい話は無いか・・・)と、キョーコは諦めて蓮の方へと向かう。
蓮もすぐキョーコに気がつき、二人は少し間を空けて並んで座った。

「昨日はびっくりしたよ」
話を切り出したのは蓮だった。キョーコはメガネをかけたままの蓮の顔をまじまじと見つめる。長い前髪とメガネに隠されてしまい、その表情はよく見えなかった。
「私もびっくりしました。最初、敦賀先生だって全く気がつきませんでしたし」
「あはは、ごめんね。ちょっと、学校では顔隠してるからね」
「やっぱりわざとですよね。先生、顔出してたら皆に囲まれちゃいます」
キョーコは本気でそう言った。昨日見た蓮の素顔は、そこらへんの芸能人よりずっと格好良かった。あんな実習生が来たら、学校中の女子生徒が大騒ぎするだろう。
「うん、ちょっとそれを考えた。うぬぼれるつもりは無いんだけど、やっぱり実習のやりやすさの方を優先したいんだ」
全くうぬぼれでは無いと思えて、キョーコはうんうんと頷いて同意を示した。

「さて」
蓮は言いながら、キョーコから数学の教科書を受け取り、膝の上に広げた。他人が来た時のカモフラージュであろうか。
「じゃあ、嫌な事は話さなくていいから、簡単に事情を教えてくれる?」

蓮が食べながら話そう、と促したので、キョーコはお弁当をつつきながら少しずつ話をする。
母子家庭で母親が仕事に飛び回っているため、同級生の家にあずけられている、ということは蓮が松島から聞いた通りであったが、キョーコが先月からその家には住んでおらず、昨日の居酒屋に下宿している、というのは初耳だった。当然、学校には言っていないのであろう。
「なんでまた、下宿することになったの?」
キョーコはこの問いに対しては言い淀んだ。
蓮は理由についての推測があったため、聞き出すことに躊躇したが、万が一あずけられた先の家で虐げられている等の事情があるなら解決しておかなければならない。場合によっては担任への相談が必要になるかもしれない、と考えた。

「もし、その同級生の家で嫌な目にあってるんだったら、それはちゃんと他の大人に相談した方がいいと思うんだけど」
キョーコは慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「違います!おばさまたちはとても良くしてくれて、自分の家のつもりで居ていいと言って下さってたんです。…単に私の我儘なんです」
「そうなの?居づらくて、て事はない?」
「それはありません!あ、まあ…ある意味……居づらいと言えば居づらかったんですが」

キョーコの表情が、一昨日見たような少し寂しいものになったのを蓮は認めて、自分の推測が当たっていそうだと思った。
「お世話になってた家、同級生の…男子生徒の家だと聞いたけど」
「…はい。しょ…D組の不破君です」
「その不破君と、何かあった?」
キョーコの肩がぴくんと揺れた。
「いや、話したくなければこれ以上は聞かないよ」

キョーコはじっと自分の弁当箱を見つめていたが、やがてため息をついて口を開いた。
「何も…ないんです、別に。付き合っていたわけでもないですし。ただ…」
蓮は隣に座るキョーコを見下ろして、黙って言葉の先を待つ。
「私はずっと相手を好きだったけど、向こうはそうじゃなかった、てだけです」

しばらく沈黙の時が流れた。
「…失恋しちゃった、てことか」
「そうです。それで、私が一緒の家にいるのが耐えられなくなっただけです」
キョーコは下を向いているので、蓮からはその表情はほとんど見えない。それでも辛そうな声を聞くだけで、キョーコがまだ失恋の痛手を消化し切れていないことがよく分かった。

蓮はこれ以上の詮索は無用と、話を切り替えた。
「不破君のご両親は君が家を出ることを了承したの?」
「はい……何せ私、相手の両親の前でばっさり振られましたから」
キョーコの声には自嘲の色が混ざる。それはまた…と思いながら、蓮は質問を続けた。
「今居る場所を、そのご両親は知ってる?」
「はい。不破君のお母さんが、今の下宿先の大将と女将さんと知り合いで、紹介してくれたんです。だから、私がどうしてるかってこともよく知っています」
「そうか…それなら問題ないな」
蓮は体を起こすと金網にもたれかかった。そういう事情なら、あえて蓮から学校に報告するまでもなさそうだ。

蓮はしばらく迷ってから、意を決してキョーコに聞いてみる。
「君は、まだその不破君のことが好きなんだね?」
キョーコはゆっくりと顔を上げる。そして、ふわりと、寂しげに笑った。
「…分かりません。最近、考えてみるんですけど…幼馴染で、一緒に居るのが当たり前だったから。単純に、すがってただけなのかもしれないです。でも、すっぱり思い切れたかと言われれば、そうでもないかもしれません」

何言ってるかよく分かりませんね、とキョーコは少し恥ずかしそうにしている。
蓮はキョーコの表情から目が離せなかった。キョーコは人目を引くようなものすごい美人ではないが、楽しそうに笑う顔、寂しそうにしている顔、全てが蓮の心を鷲掴みにしてしまう気がする。

「慌てて気持ちを変えようとしなくてもいいんじゃないかな?」
蓮は、やっとのことでキョーコから目線を引きはがして遠くを見た。
「時間が経てば、気持ちも整理できるだろうし…次の恋が見つかるかもしれない。それまで引きずるのはしょうがないよ」

初夏の風が、蓮の髪をなびかせて吹き抜けていく。斜め下から見上げる形になったキョーコは、初めて蓮の顔をしっかり見た気がした。ぼうっとその顔を見つめていると、不意に蓮が視線をこちらに戻したため、目が合ってどぎまぎしてしまい、慌ててキョーコは目をそらした。

蓮は屋上の入り口に目をやると、時計に目を落とした。昼休みが終わるまで、あと5分というところか。
「ここに来る事、琴南さんに話した?」
唐突に親友の名前を出されてキョーコは飛び上がるほど驚いた。びっくりし過ぎて、叫ぶように返事をしてしまう。
「はいっ!?あ、話しましたー!」

蓮はくすくす笑いながらキョーコに教科書を返した。
「昨日と今日の事は琴南さん以外には内緒でね」
「もちろんです!」
キョーコはぴしりと敬礼してみせる。蓮はそれを見て笑みを深めた。
「ふふ。ありがとう」
「…なんで先生がお礼を言うんですか?見逃してもらってるのは私なのに」
キョーコは心底不思議そうな顔で蓮を見ている。蓮は思わずキョーコの頭にその大きな手を載せていた。

「俺も、秘密にしてもらってるよ。顔隠してるってことね」
「そんなのたいした秘密じゃないですよ!」
「そう?でもお互い共犯者ってことで、よろしくね」
蓮はキョーコの頭から手を離すと、屋上の入り口に顔を向けた。
「ほら、君の親友が心配して見に来たみたいだよ」
キョーコが蓮の言葉につられて入り口の方を見ると、奏江が眉間にしわを寄せてこちらに歩き出したところだった。

「モー子さん!」
キョーコがぱぁっと笑顔になって立ち上がり、小走りで奏江に近づく。奏江は抱きついてくるキョーコを押しやりながらも小声で聞いた。
「敦賀先生になんかされてないでしょうね」
「なんかってなに?ちょっと話をしてただけだけど…」
「何もないならいいのよ」
それから奏江は近づいてきた蓮に向かって厳しい表情を作った。
「敦賀先生、お話は終わりですか?」
「ああ。ごめんね、君の友達を借りちゃって」
「いいえ…じゃあ、そろそろチャイムが鳴るので失礼します」
奏江はくるりと背中を向けるとすたすたと歩き去る。キョーコは慌てて蓮にぺこりとお辞儀をすると、奏江の後を追って行った。蓮は二人の姿が見えなくなったのを確認すると、ふう、と顔を上げて空を見上げた。

D組の不破…どんなやつだ?

D組では授業をしておらず、さすがにクラスの生徒の顔は分からない。
キョーコが想いを寄せていた、いや、もしかしたらまだ好きな男。そう考えるだけで、なんとなくイライラしてくる自分の心を蓮はもてあましていた。

これは、まずいかもな…

この昼休みを経て、蓮の中で灯った予感があった。
キョーコとの接触を増やせば増やすほど、抜けられなくなりそうな自分が居る。これほど短期間に強烈に惹かれる理由が何なのか、自分でもよく分かっていないが、キョーコが見せる表情に釘付けになってしまうことはもう否定できそうに無かった。
自分の中で『近づくな』と警告を発する部分がある。自分は教育実習生で相手は高校生。あと10日ほどで自分はここからいなくなる。理性的に考えれば、これ以上関わらないのがお互いのためだろう。
だが、その一方で、花の蜜の匂いに誘われる虫のように、引き寄せられてしまう自分もいる。実習が終わってもバイト先を知ってるんだし、軽くはあるが個人的な接点もこうやって持った。

俺は、どうしようとしてるんだ?

自嘲めいた笑みを浮かべてから蓮はのっそりと立ち上がると、チャイムの音を聞きながら校舎に戻っていった。


その日の放課後、実習生の集まる準備室では恒例となりつつある光景が見られていた。実習生たちは机に書類を広げ、生徒たちが入れ替わり遊びに来る。軽い会話を交わしつつそれぞれの作業は進んでいた。
実習生が学校に慣れるにしたがって、ここを訪れる生徒も増えてきていた。蓮の斜め向かいに座る安芸祥子の元には、今、1人の男子生徒が来ている。
蓮はその男子生徒が毎日のように来ている事は把握していたが、大体は自分の作業に没頭していて全く注意を払っていなかった。しかし、祥子の声に一気に注意がそちらへ向く。

「もう、不破君はしつこいわねぇ」

蓮は不自然にならないよう、少しの間を空けて日誌から顔を上げると、男子生徒のほうをチラリと見た。
不破と呼ばれた生徒は金色に近い茶髪の、細身で整った顔立ちをした男子だった。自分のルックスに自信があるのか、堂々とした態度で制服を着崩し、校則違反ギリギリくらいのアクセサリを身にまとっている。

「いいじゃん、せっかくなんだし」
「なにが折角なの?大体実習の準備で忙しいんだから、遊びになんて行っていられないのよ」

他の実習生や生徒をまったく気にせず実習生である祥子をナンパする男子生徒の態度に、蓮は自分が相手を敵と認識するのを、ぼんやりと自覚したのだった。



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